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母と子

 木の傍で、女性が子を抱えて佇んでいた。

 女性は白と黒のボーダーのワンピースに黄色のカーディガンを着ていた。少しお腹が膨らんでいるように見えて、服はマタニティドレスなのかもしれない。赤ちゃんは水色のシャツに女性と同じ柄のズボンをはいていて、腕に収まりきらない片足が小さくこぼれていた。幹を前にして、お母さんがなにかを語りかけているようだった。空は晴れていて、風が心地よかった。

 子は片手を口にしていじってはいるのだけれど、おとなしくしている。その姿を見て、わたしにもそんな時があったのだろうか、と思った。もちろんあったのだろうけど、覚えてはいない。

 赤子は言葉を持っていないから、目の前のものがなにか分からないし、だから風景のようなイメージはあっても、これという思い出はないのかな、とふと考えた。

 思い出すことができない、と言うと何か寂しいのだけれど、赤子にとってはそんなものは必要ではないのだろうとも思った。

 言葉を持たない彼(彼女)にとっては自らが世界そのもの、いわば心が世界に直接結びついている状態で、“わたし”“あなた”なんてものもない。身体に溢れるエネルギーに素直に従って、快不快を表現してただ世界の調和をはかる。彼(彼女)は全てを知っているけれど、同時にその全てを知ることがない。

 言葉を覚えたわたしは、すこしの知っているを持って、その他のほとんどを知らない。何かを知りたいと願ったのだろうけど、その一番知りたいもの、は未知のままだ。赤子の視線に戻りたいと思うけれど、それは叶わない。

 母とその子の瞳には、なにが映っているのだろう。